オール・オールライト-4

 いつもじゃない。調子が悪いときはできないけど、車のホイールを蹴って鈍い音をさせたり、並んでる赤いコーンをちょんと押して倒すぐらいはまあ、朝飯前。調子がいいときは、消火栓の赤い扉をキイキイ開けたり閉めたりすることもできるし、二輪車の追い越し厳禁≠ニ書いてある看板をバンバン叩ける。かなりでっかい音が出る。するとみんなビクッとして、急いでここを出ようとする。それがなんとも言えず楽しい。ぼくは追い打ちをかけるように、
「わっ」
 と言って目の前に飛び出したり、耳もとになにか囁きかけたりしてしまう。そっちはいつもどおり無視されるんだけど、どうかした拍子にぼくの声が聞こえちゃう人もいる。姿も見えちゃったのか、ぼくを指差してもの凄い形相になって走って逃げ出す人もいた。そうなるともう、ぼくは嬉しくてたまらない。
 一度、中学生ぐらいの女の子の耳もとに「ねえ」って話しかけたことがある。その子は気絶してその場にひっくり返っちゃった。あわててその子を介抱するお父さんを見て悪いなあとも思ったんだけど、ぼくは腹を抱えて笑い転げちゃった。あんなに笑ったのは久しぶりだった。というより、笑ったこと自体久しぶりだった。
 前に笑ったのがいつか思い出せない。五年ぶりぐらいじゃないかな? 分からない。
 ケタケタケタケタ、という笑い声がいつまでもコンクリートの中で反響していた。だんだん自分の笑い声じゃないような気がしてきて、ぼくは笑うのをやめた。
 しんとした静寂だけが残る。
 どんどん分からなくなるなぁ、と思った。
 どんどん、いろんなことがどうでもよくなっている。
 ここから出よう。そう思ったこともある。でも出口が見つからない。
 駐車場の出口はもちろんいくつもある。でもそれは駐車場に車を駐めてる人たちの出入り口であって、ぼくのじゃない。

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