オール・オールライト-2

 当たり前だ、車に乗りに来るか、車を置きに来るか。人が来るのは、そういうときだけ。
 人が現れると、嬉しくてぼくはそばに寄っていく。捨てられた犬みたいに。
 でも初めの頃は、がっかりするだけだった。みんなぼくに気づかないから。
 ぼくは背が高くない――そりゃそうだ、まだ小学生なんだ――から、車の陰に隠れて見えないだけかも知れない。そう思って、その人の目の前や、すぐそばに立った。
 でも同じ。ぼくがいることに気づいてくれない。
 前は腹が立った。それか、悲しくてたまらなくなったものだけど……慣れちゃった。だって、泣いても怒ってもだれも聞いていないんだからしょうがない。車に乗り込もうとしているおじさんのすぐ後ろで、
 おーい!
 と思い切り叫んだことがある。
 おーい、おーい、おーい…………
 声はたしかに反響するのに、おじさんはまるで反応しなかった。何事もなかったみたいに車に乗り込んで駐車場を出て行ってしまった。どうして聞こえないんだろ? 聞こえないフリしてるのか。みんな申し合わせてぼくを無視してるんじゃないか。
 いや――ちがうって分かってる。
 ぼくは、いなくなってしまった。みんなから見えなくなった。
 考えすぎると空恐ろしくなる。真っ黒い穴がすぐそばに開いていて、吸い込まれそうな気分になる。だからぼくは考えない。ただ見続けていることにした。この暗い空間で起きる単調な光景を、生きた監視カメラとなって。
 でも――たまにある。いつもとちがうことが。
 たまにいる。ぼくに気づく人が。

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