はるをみはる-10-end

 柵につまずいた。きゃっと言いながら頭から転がり落ちる。ぐるっと一回転して、腰から道路に落ちた。腰は痛くなかった。代わりに、手が痛かった。
 体育座りの姿勢のままあたしは瞬きを繰り返した。裸足が、道路のアスファルトを踏んでいる。ちょっとだけほっとした。足の裏はアスファルトのそっけない感触をあたしに伝えた。そのそっけなさを、鮮やかに。これがリアルってもんよね?
 望くんが見えた。あわてて道路を駆けてくる。左手に携帯電話を握ってる。
「なにしてんすか? 伊津子さん」
 それはあたしが訊きたかった。
 望くんは口を開けてひとしきり呆れたあと、言った。
「電話来たんで。外で話してたんです」
 エリナちゃんだろう。気を遣って外へ出たんだ。
 そのあいだにあたしはちょっぴり狂ってたってわけ。……お笑い種ね。
 いま、あたしにはだれもいない。しみじみ感じた。この地べたの上で、どうしようもなく一人だと思った。広基のでっかい手は懐かしかったけど、あのあったかさはもう味わえない。助けてもらえない。
 それでよかった。もう、あたしは柵を越えて外へ出たから。なんだってできる。
 地面に尻をつけたまま、あたしは二階を見上げた。
 だれもいなかった。
 逃げられた。
 いや、初めからいなかったのか? もうわからない。二階のベランダには、発泡スチロールの鉢植えがいくつか並んでる。茎が伸びて、豆かなんかが生ってるのが見えた。だれかの生活の気配。どんなひとが、本を読んでたんだろう。あたしが出て来たからびっくりして逃げたのかも。
「電話です」
 望くんが携帯を差し出してくる。
「伊津子さんにですよ」
 意味が分からない。手を伸ばして携帯をとり、耳に当てた。
「受け身、うまいじゃないか」
 聞き慣れた声が聞こえた。
 電話のなかと、電話のそとから。
 望くんが手で口を隠してる。笑いをこらえるみたいに。
                                      〈2005/1/24〉                                                  
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